2026/01/30

無秩序・無軌道・乱雑な状態、シッカリ・キッチリしていないことを「だらしがない」と言いますが、このだらしについて考えてみましょう。 金田一京助博士によれば、この「だらしがない」とは、「臘次(ちっし)がない」という句に「駄」をつけて、相手を罵る意を強くした語なのだそうです。では「嵐次」とは何かというと、これは「法臘(ほうろう)の次第」ということで、僧の出家後 の年数をいう仏教語なんですね。
一般社会では年功序列などという順序が重んじられますが、仏教界には法臘という順序があり、出家受戒してから安居(あんご)修行を重ねた年数により、法臘何歳ということをいいます。これはつまり、お坊さんとしての年輪が幾つ重なっているかによって順が決まるのであって、年齢自体はあまり問題にしない・・・ということなんです。
そして法臘のたくさん重なっているものから、上臘、中臘と称して敬われるわけです。世間の序列で言えば、会社や団体での年齢に関わらない先輩・後 輩の関係や、家族としての年輪の差が問われる親子の別がこれに相当するでしょうか。「臘次がない」とはこの順序を狂わすことであり、乱雑にすることです。後輩が先輩をあごで使ったり、子が親に命令している姿を想像してみてください。これこそ無秩序の本家といえましょう。「今の若い者は……」と 嘆く前に、「臘次」の高い者が注意して教え育てるべきでありましょう。
ところで、江戸城大奥の御殿女中に、僧の序列を真似て上臘として敬われる女性がおりましたが、江戸末期になると金につられて町に出、遂には上臘の字が変じて女郎に成り下がったという話は有名です。
私たちは、お坊さんであると一般人であるとに関わらず、自分自身の人間としての「臘次」にふさわしい行動をし、くれぐれもだらしないことにならぬよう、気をつけて暮したいものです。もちろん、そんな高尚なこと以前にも、服装や態度や部屋の掃除などをキチンとすることも大切ですね。

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