2026/04/17

内証(緒)話を聞いたり話したりしたことは、誰にでも経験があると思います。そして、「これはここだけの内証だよ」という前置きとともに伝えられ続け、ここだけが、あちらにもこちらにもある結果になることが多いですね。こうした「内証話」という語は、「秘密の話」といったニュアンスで使われていますが、では、「内証」と「秘密」は同じなのでしょうか。
実は、内証と秘密は全然違った語句なのです。仏教語としての「内証」とは、「自内証」のことで、「秘密」と共通しているのは、やたらに人に語るものでもなく、聞くものでもないという点だけでしょう。
「自内証」とは、自己の心の内で真理を悟ることで、めいめいの心の内のお悟りは、その心の中にそっとしまっておけばよいのであって、人にひけらかすものではありません。したがって、その意味が転じた結果として、俗に内輪のことや家の中の暮しむきのこと、つまり、あまり大っぴらにできないことを「内証」というようになりました。
さて、内証=自内証は、人にひけらかすものではないと言いましたが、逆に言えば、人に話してもしょうがないことなのです。何故なら、自分のお悟りは他人にそのまま通用するものではないからです。視力の弱い人が自分に合った度数の眼鏡を探しあて、そのおかげで外の世界がはっきりと見えた時には本当に嬉しいものです。このように物事が明るく、そのままの姿で見えるようになること、これがお悟りです。しかし、その眼鏡を他人にかけさせて、どうだ、よく見えるだろうとばかりに自慢をするのはおかしな話ですよね。 内証は秘密ではありませんから人に話すのもよいかもしれませんが、やはり程々にしておくのがいいようです。本当に分かりあえる人の間だけの話それが内証です。もっとも、「これは内証だが ・・」と人に話し、それを聞いた人が、それを手がかりに自分自身の内証を得られるなら幸いなことですが・・・。人生を暗く感じ、自分を不幸に感じたら、自分に合った度数の眼鏡を探してなましょう。人生が明るくなり、自分が恵まれていることに気づくはずです。

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