ありがとうの心

2026/05/29

 私たちが生存するこの地球には、生きとし生けるものが非常に多く存在しています。ましてや、私たちの目では見られない世界にまで枠を広げれば、その数は想像もつかないほど膨大なものになるに違いありません。
 しかも、それらの生物の生命は永遠ではなく、生まれては死んでゆくことを繰り返しているわけですから、生命というものには一体どれほどの種類と量があるものか、と不思議に思わざるをえません。
仏教では、生命あるもの有情とは輪廻転生する存在であると観じ、生死転変する世界を地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六種に分類しております。「人間」とは天上に近い所に位する有情のことで、私たち人類を指します。
 私たちは、今こうして人間として生まれついていることを当然のことのように考えがちですが、他の生物と人間の生命の割合を比べると、人の身を受けて生まれるということは、実は、信じられないくらいに確率の低い粉有なことだということが分かります。これを仏教では〈人身受け難し〉と表現していますが、「人身」を受けた上に、仏さまの教えに出会うことのできる確率となると、もう本当に大変なことなのです。
 このように得難い幸福を喩えた「盲亀の浮木」というお話があります。これは百年に一遍しか海上に首を出さぬ盲目の亀が、広い海を漂っている、たった一本の浮木に空いた穴へ首を入れるというお話です。仏法を聞ける人間に生まれることは、それくらいに〈有ることが難しい〉と言えるのですから、大いに感謝しなくてはなりません。
 そういう次第ですから、「有り難いことだ」=「有難う」が感謝の言葉になっている訳も併せてお分かりいただけたことと思います。私たち人間には、何よりも感謝の生活が大事ですね。「有難うと言われるように言うように」これが私たちの修行の標語です。「人身受け難し、今すでに受く。仏法聞き難し、今すでに聞く。この身今生において度せずんば、更にいずれの生にかこの身を度せん」と『ありがとう』を実践していきたいものです。

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